みんな精神年齢って成長してる? - あるSEとゲーマーの四方山話(fromまなめはうす)

実際、全然成長してない気がするんですよね〜。小学校の時は、中学生や高校生って凄く大人に見えたんだけれども、20過ぎた今、そんなに大人になった気がしない。考え方が老けたとか、食の好みが魚・野菜に向いたとかならあるんだけれども、成長したかと言うと疑問を感じる。
後半のほうに環境の話があるが、昔と今とで何が違うかと言うと、責任を問われるようになっているという事かなぁと思う。そして、その変化に伴って責任を負うように変化しているはずだ。
成長したかと言うと疑問を感じて、責任を負うようになっている気がするという事は、子供の頃でも少しづつ責任を負わせるようにしていったら、優秀な人間になれるのではないかと考えた。もちろんそれには、家庭や学校でミスを犯したときに自分に大きく響く何かがなければならないことであり、簡単には実現出来ないものだが。
そうそう、環境と言えば、何かの役職に就いた時、最初はその役職にあまり向いてなかったり、能力が足りなかったりするかもしれないけれど、時が経てばその役職に見合った能力を身につけるようになるという話しがある。これも、環境が人を育てる例だろう。
そして、大人よりも子供の方が吸収が早いとなれば、子供の頃から甘えられない事の多い環境に置かれれば、下手な大人よりもより優秀になれるんじゃないかなぁと思った。
ここまで書いてふと思ったのは、遊び足りなかった人は大人になってもどこか抜けてたりすると言う話。これはなんでなんだろう?と言う話になってしまう。しかし、大人だって何らかの手段で遊んだり羽目を外す事がある。そうしない大人は精神的に病んだりしてしまう。と言うことは、子供もやはり遊ばないとどこかおかしくなってしまうのだろう。また、遊びそのものも経験の一つとして考えられると思う。
そうか、人間の能力と言うのは、勉強だけではなく遊びやその他もろもろの今までの環境によって得た環境から得る経験で育つという事か。遊びだろうと、勉強だろうと色んなことをバランスよく経験してきた人間こそ能力が高いということなのかもしれない。

あれ?精神年齢の話だったのに、能力の話になってしまった。
あぁ、そうか。精神年齢なんて実は大して成長しなくて、経験によって得た能力が自然と大人と子供を分ける物になるって結論になるわけか。

#わけのわからない長文になってしまった。いつもの事かもしれないけれど。