言葉に対する感受性 - こころの風景(from:明日は明日の風が吹く)

これは、私も悩んだことがある。なんでなんだろう?と。個人的な話を言えば、思ったこと、考えた事をそのまま文章にしているだけなので、何で書けるの?と聞かれても全く答えようが無い。

夫は語彙が貧困だということもない。いや知識としては私よりずっと知っている。おそらく知識としての言葉が表現としての言葉と結びつかないのだ。本を読んでもその文章・言葉の表現に自分の感受性に響くものが少なくて、作品中の文章表現や言葉を知らず知らずのうちに自分の中に取り込むということがなされていないのかもしれない。つまり表現や言葉に対する感受性が低いのだろうと思う。

・幼児期にどれだけ想像力が養われる「言葉」に出会えたか
・感受性が高い青春期の読書の内容
・生きていくことでの実体験もまた、想像力・創造力の源になるうるし、一生通じて書籍に限らず「表現としての文章を読む」こともまた感受性を高めていく

なるほど…と言った感じです。

言葉に対する感受性 - こころの風景 - 明日は明日の風が吹く

しかし、流れがそっくりだなぁ…。私も、昔は作文や読書感想文が嫌いで、気づいたらネットでチャットにハマって、ネットで文章を書くように…。

読書や語彙、感性といった物もあるとは思うけれど……端的に「やる気がない」という点が一番大きいような気がする。やってみたら、実は誰でも出来る事なんじゃないかと思う事がある(笑)。

私もどっちかと言えば、こっちの考え方。
そうか、どれだけ文章を書くのが楽しいか、わかってもらわなきゃならないんだな…。でも、それが他の事より楽しいかどうかは結局その人次第なんだろうなぁ。