助ける時に必要な物。

助けるべきか助けざるべきか。

困った人を見ても助けるな - 遥か彼方の彼方から

手を引っ張って欲しいという人を引っ張ってあげられないのであれば、這い上がる方法を教えるのではなく、頭を撫でるために手を伸ばすべきなのかもしれません。

目の前の困っている人が共感と解決策のどちらを求めているのか。それがわからないことが、僕の困ったことです。悩みです。苦しいことです。

どっちを求める人も居て、どっちをしたらいいか結局分からない。それならば、自分の信念を貫けばいいと思います。私の意見で行けば、助言はしていきたい、と思っています。
私は、反論されたり、助言されるとそれに対してまた反論したり嫌な顔をするときもありますが、結果的には自分のためになるし、最終的にはありがたかったなぁ…と考えます。嫌な顔ゆえに助言がもらえなくなることもありますが…。

助言を聞き入れてもらうために

しかし、その助言を受け入れてもらうには、たぶん、最低限の相手からの信頼が必要だと思う。この信頼は、別に普段からお世話になってるとかそういう絶対的なものではなくて、その場での、あぁ、話してもいいかなとか聞いてもいいかなと言ったもの。
相手に助言する時、自分と相手が完全にイーブンじゃなければ、相手が卑屈になってしまうことが多い。現状で完全なイーブンを求める必要は無い。過去の自分と照らし合わせて、こんな事もあったけど、自分の場合はこうすることで解決できたよ、と言う助言方法を取る事で相手の反感を買いにくくすることが出来ると思う。
たぶん、小説や他人の話など、その意見を正当化できる小話を用意できるとなおよい。プログラムその他勉強に関して言えば、自分自身出来ない時代があって、ずっとやってきたからできるようになったんだという事を伝える必要がある。どんな人もやらなければ出来ないという事を語る必要がある。才能は磨かなければ身につかない、と言うのは当たり前だし、何とかする魔法や銀の弾丸はどこにも無いわけで、それを冷静に経験談などと合わせて語れればいい。

助言は上から目線?

アドバイスって言うのは、本当に全てが上から目線なのかな?相手と自分とで知っていることに差があるのは当たり前で、知識の多い側が少ない側に教える事は大しておかしい事ではない。相手がより多くの知識を持っていたら、自分はそれを教えてもらえばいいわけだ。
アドバイスや助言が上から目線のもので思い上がりだとしたら、思い上がりだからといってやめてしまったら、その時、人間はお互いにお互いを助け合いつつお互いを高めあうという事がなくなり、成長がなくなってしまう。だから、私は助言する事をやめたくないし、やめて欲しくない。
もしも、相手に上から目線に取られたり、相手に聞き入れてもらえなかった時は、相手との間に信頼が築けてなかったからなんじゃないかなと。本当に信頼が築けていれば、考えが違って実行してもらえなくても、理解してもらう事は出来ると思う。
だから、相手との間に信頼を築こう。相手を助けてあげよう。いつか、自分も助けてもらうために。

皆で高めあおう!

もちろん、高めあわなくていいからただ何となく楽に生きていければいいよと言う人も居るのかもしれない。でも、そんな人達だって、どこかでは高めあっている人に憧れを持っている。だからこそ、そのような位置に簡単になれる魔法を探そうとしてしまうのだ。そんな彼らに一番必要な魔法は、コツコツとやることの大事さを理解することだと思う。きっと、これ以上の魔法はない。魔法なんて全然無いように思えるこの世で唯一の魔法なのではないだろうか。