自由と秩序が生むもの

いい縛りは、いいものを生む - 遥か彼方の彼方から

でも、そうやって好きに書くことは、かえって疲れる行為だと気付いた。むしろ、ルールを決めた方が楽に出来るし、のんびり出来るし、よいものも出来る……と思う。

それは、正しいとも言えるし、間違いだとも言える…と私は思う。このままだと、どっちつかずな奴だなと言われそうなので、思考の流れなど書いてみる。

縛りが生む安定性

まずは、どのような時縛りがいいものを生むのかを考えてみる。
ここで、何らかの報告書を書くことを例にしてみよう(別にレポートでも、どこかに提出する書類でも何でもいい)。
報告書やレポート、書類と言う物は、書く人や内容はある程度変わっても、変わらないフォーマットみたいな物がある。特に今挙げた中でも書類は名前やら住所やら一つ一つの項目内は変わっても、書くべき項目はほとんど変わらない。変わるのは、個人の状況に応じて不要な物があったり、必要なものがあったりする程度だ(例えば、家庭の調査で、家族構成を書く。一人暮らしなら自分の事しか書かないし、一家で暮らしていれば、家族の事も書かなければならない)。
報告書も、いつどこで…と言った5W1Hを基本としてあった事をまとめる事が多いだろう。レポートも、概要から入って序論本論まとめと続く。
これらは、そういった決め事を作ることによって書く側はフォーマットをあまり気にせず書くことが出来るし、見る側も見慣れた順番で頭に入ってくるから、お互いに効率がよくなる。
これは、あえて不自由な形にする事で余計な事を考えずともそれなりの質を保った安定性重視な考え方と言えよう。

「何を書かないか」「どんな風に書くか」「どんなものを書くか」そういったルールを決めることで、書きやすくなるし、書く内容も思いつきやすくなるし、読む側にとってもわかりやすい。毎回、自由に書くと言うことは、毎回どんな風にやるか考えないといけないということです。それは、自由なように見えて、ただただ面倒なだけな気がする。

まさに、こういう事。

自由の作る型外れなもの

では次に、型にはめない方がよさそうな物に関して。
あなたが、何か新しいアイディアを出さなければならない立場に居るとする。それは例えば、新しい商品の企画だったり、研究の方向性だったり…。
今まで、こんな商品が出ていて、その中でもこんな商品が売れた。だから、真似しよう、では新しい製品ではないですよね。研究も、こんな研究があるから、それを真似してみようではダメなんです。
この時必要とされるのは、こういった既存の物を基にするだけではなく、そこに何らかの付加価値をつける必要があります。その付加価値は、世の中に似たような物はあっても、全く同じ物ではないはずです。それは、今までとは違う組み合わせなのです。
もちろん、場合によっては真似をする事で上手くいくこともあるでしょう。例えば、会社の力に違いがあって、大量生産&低価格化を行って、最初に商品を作った会社よりも売れたり、研究でも実験器具の性能がよくて、よりよい結果が得られたりする事もあるかもしれない。他にも色々考えられるでしょう。
考えられるのですが、それは新しい物かと言えば、どこかそうではないのではないでしょうか。ちょこっと性能を上げたり、何かの値が正しい物に近づいたり。小さな変化にしかならないのではないでしょうか?これは、型を作ることで安定する事によって抑えられてしまいます。
それと比べると、今までに無かった組み合わせは大きな流行を作る可能性があります。もちろん、失敗する事もあります。とてもムラがあって、安定とは遠い物です。しかし、安定した方法とは違って、大きな変化を起こしうるものです。大きないいものは、安定していない、不安定なところから生まれるんです。

それでは、私たちはどうしたらいいのか?

ここで再び元記事の考え方を持ってくるのですが、

ここで一番大事なのは、それがどんな縛りなのかということなんだろうと思います。更新時間、更新頻度、更新内容、書かないこと、積極的に書くこと、言及の仕方、言及されたときの返し、コメント欄、web拍手やメール、雑記の書き方、書評の仕方、引用の仕方、動画の紹介法、画像の載せ方、タグの付け方、こういったものを決めておくことで書きやすくなるし、きっと良い物を書けるようになる

悪い縛りは、悪いものしか生まない。「毎日死にそうになっても更新」なんて掲げても無意味です。いいものを生むのは、いい縛りです。どれがいい縛りなのかは、自分で見つけるしかない。ゆるすぎれば解けるし、きつすぎれば動けない。自分の心のサイズはメジャーという統一した単位では計れない。

ここまで読む前に予想のついた方もいるかと思いますが、私が言いたいのは、思考や行動を進める縛りをし、思考や行動を妨げる縛りをするなと言いたいのです。元記事の用語を借りれば、いい縛りをしろ、悪い縛りをするなという事です。
そしてその縛りの内容は、この先に書く内容や考える内容、したい事によって全く違う物に変わります。先ほど言ったように、書類や報告書の類は、出来る限り決まった形式があった方がスムーズです。
しかし、ブログのようなある程度自分の思考を出すような物は、時には今までの考え方から脱する必要もあるでしょう。このような、一見縛りはないほうがよさそうな物に対して、どのような縛りを行ったらよりいいものを得やすくなるのでしょうか?
それには幾つか既に知られている解答があります。ブレインストーミングや、その他の発想法、これらはまさに思考の補助を行い、考えを促進させる、いい縛りになるかと思います。
逆に、眠いときでも辛い時でも病気の時でも何かを考えろと言われたら、嫌な気分になるし、そんな事ならやめてしまえと思うかもしれません。これが悪い縛り。こういったものから開放されて自由になるべき。

まとめ

まとめるとこうなります。
・用途によって、縛り方を変える
・思考を促進する縛りは積極的に
・思考を抑制する縛りは消極的に
皆さんも、決まりが何故あるのか、どういった時に縛りをつけたほうがいいのか、考えてみてください。混沌と秩序、この二つのバランスを取っていくのが大事です。

ちなみに…

私の場合は、
・基本的に自由にやる事
・思ったことを出来る限りストレートに
・出来れば、文章の流れもしっかりと(上が出来ている事前提)
・紹介するときのフォーマット(これはちょっと変えたいなーと悩んでいる)
「w」や「(笑)」、2ch語などをあまり使わない
・「おもしろい」とか感情を書く場合は、感情の出た原因を書く
このぐらいかなー。あんまり考えて書かないけど、ここで出てるのはちょくちょく頭の中をよぎる。
このなかで、紹介するときのフォーマットは、今の私にとって何かを抑制する縛りになりえる状況なので何とかしたいですね。
しかし、いい方法思いつかないなー。全部ひとまとめにして並びも気にしないようにするしかないのかしら。